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Short! Short! Short!













              1
             俺は詩人でした。












  2

 俺は詩人でした。
 そこら辺のお父さんが
「俺も昔は草野球のエースだったんだ」
 と語るのと同じように、俺は詩人でした。


 音より、振動の方が目覚めやすい。振動より、音の方が快適。
 その両方だと?
「……うぜぇ」
 メチャメチャうるさい携帯を枕の横から拾う。
「もしもし? 何の用だよ」
『うわ、オレってすごい』
「あ?」
 挨拶もせずに何がすごいだ。
『今、電話したら先輩と話せる気がしてたんだ』
 ちなみに今日はヘイジツ。ゴゼン十時十八分。
「オレの気のせいじゃなければ、コーコーセーには授業ってモンがあったはずだが」
『うん。ダイガクセーにもね』
 それ以前に、先輩にその口の利き方はいかんでしょう。お前、野球部とか入んなくて良かったね。
「俺はいいんだよ。で、何の用?」
『あのさ、なんか書かない?』
「……俺は卒業しました」
 それじゃ、と言うとあわてて言い訳まくしたて始めた。
『まじでページ足ンないんだって、一年は枚数かけないし、二年も三年も幽霊部員ばっかなのは、先輩も知ってるっしょ!?』
「ああ、あのヒトたち……」
『……じゅうごまいしか集まってないんだ』
「は?」
 思わず何がと聞きたくなった。たぶん、原稿のこと。
『俺が死ぬ気で書いても…』
「お前、長いヤツ書けなかったんじゃなかったっけ」
 それでも書くしかないからと、消えそうな声が聞こえた。
「……わかったよ。でも俺も長いの書けないぜ」
『ううん。ちょっとでもありがたいよ。それじゃ』


 さて。
 そう、俺は詩人でした。
 だけどそれは、過去のお話で、今の俺は
 気ままな大学生。
 俺に、何が書けるんですか?


  3

 古いノートを見つけた。
 高校生の頃だ。まだ詩人でいた頃。

『使い古された道に別れを告げて
 俺は行く
 汚れた翼を広げて
 俺たちにしかない楽園へ』

「馬鹿だろ、俺」
 誰も道から外れることなどできやしない。子どもの頃にはあった翼も、時を重ねながら羽根を一枚一枚もがれて、もう広げることもできない。
 行けないんだよ。楽園なんてない。
 こんな、誰もが通る、感情を、残して、

 あの頃の俺は、たしかに詩人でした。

「くだらないな……」
 そう思うのに、心から思うのに、顔は勝手に笑ってて、涙は勝手に流れやがる。
「そうだ、…くだらねぇよ」
 俺はヒビの入ったレコードみたいに、くり返しながら泣き続けた。泣いて泣いて。
 夜明けが、来るまで。


  4

 俺は詩人でした。

 羽根が落ちる。
 俺の背中から、先を行く大人から。
 あんな風になりたくはないのに、同じように歩いている自分が嫌でした。
 でももう、戻ることはできない。
 羽根を広げることはできない。
 行くしかないんです。
 俺は詩人でした。

 だからせめて、あの光がいつも見えているように、この目を開けていこうと思う。
 盲目した大人にだけはならないように。
 詩人の心を片隅に残そう。
 そしていつか、この道を越えて見知らぬ海を目指す翼が、俺の頭上を通るとき、
 目をそらさずにいよう。

 その輝きが、この目をつぶすこともいとわずに。


 見ていよう。
 この道の先で。
 そいつが羽ばたきやすいように、この道を羽根でいっぱいにして。待っていよう。


――お前がはばたくのを、この道の先で待っていたい。


  5

 俺ン家に原稿取りに、最上(後輩)が押しかけてきて数十分。
「ペンネーム使わないの?」
 俺の原稿を読み終わってそれが第一声。吉田一樹、最後の一行にはそう書いた。俺の名前だ。
「ああ、俺はもう詩人じゃねぇからな」
 くわえてたタバコを灰皿に、押しつける。
 納得したのかしてないのか、ふうんと言ったきり黙っている。
「先輩」
「ん?」
「題名は?」
 ああ、そういえば忘れてたな。
「ちょっと待ってろ」
 最上を待たせて、ぐちゃぐちゃの机の上をあさる。
 物の山から救い出したのは、レポート用紙と太めの黒いペン。





――YELL








「ほれ。このまま印刷しろよ」
「あ、うん」
 ぽかんとしてる最上の頭を叩いて、用がすんだら帰れ忙しいんだと言う。そして、がんばれ、と。


  6
 俺は詩人でした。
 そして、これからはそこら辺のお父さんと同じように
 普通に生きていくのでしょう。
 そう、俺は詩人でした。




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2002.09. 原稿用紙11枚