Long Long Ago
今しかいらない
1
眩しい日差しに目を細めた。
予想以上に、世界は明るいようで、俺はほっとしたような残念なような、不思議な気持ちを覚えた。だけど、そんな気持ちにももう慣れた。
今、俺は十六回目の冬を迎えている。そして冬を越せば十七回目の春がやってくるだろう。そしたら灰色の受験シーズンだ。(俺の誕生日は三月である)
だけど、そんなことは今現在の俺には関係なくて、俺は三学期が始まったばかりの、むしろ一番寒いんじゃないだろうかっていう朝の日差しに、目を細めていたのだ。やがて、俺の愛車である『流れ星一番野郎☆(二番煎じ)』(=マイチャリ)のところへ辿り着く頃には、射るような日光にも慣れて平凡な冬の朝に戻っていた。
手袋をして、マフラーをしっかり巻き付けて、さあレッツら学校!
(おや、本日の俺は朝からはいてんしょん。寝不足のせいかしラ)
俺の通う学校は少し変わっている。
私服だったり、テンションが高かったり、ルーズだったり、一生懸命だったりする。
つまり、生徒の自主性を重んじるだかなんだかで、制服はなくなった。そして何の因果か、変人ばかり集まるようになったので、テンションが高い。変人が多いから、授業に関してはルーズなところが多い。だけど、変人が多くてテンション高いから、祭とつく行事はとことん盛り上がる。そういうステキ高校がうちだ。
そして俺も、この高校をよりステキにしている変人の一人に間違いはない。
俺の名前は『結城旭人』という。ゆうきあさとと読む。
さて、いつも通り(遅刻すれすれ先生が教室に来る直前。チャイム三分過ぎ)あったまりきらない教室に入る。席にすわってもジャンバーは脱がない。でも手袋はとうに外している。手袋嫌い。
「はよー」
「おー」
軽いあいさつ。
ちなみに同時進行『どつき』。頭をたたき合う。もちろん本気じゃないぞ。ぺちってはたくだけだ。
そんなことしてると、くりが入ってくる。(栗本だからくり説と動きがくりくりしてるからくり説がある。いろんな意味で太っ腹なうちの担任)。
「なー、あさやん。おれらもうすぐ三年だっぺ?」
隣の席の西が俺の方に身を乗り出してそう言った。念のため言っておくが、西は東京生まれの千葉育ちだ。
「そうじゃなー、にしのん」
あだなは暗号だ。しまいにゃー、西のことをのんのんとか呼んでしまうわけだ。
「あさやん、大学受けるわけ?」
「まあ、一応」
「うわ。一応だって、いちおう!」
「西。進路の話をするのはけっこうだが、せめて休み時間にしてくれ」
くりが笑った。
クラスがわいた。
もちろん、俺も笑った。
2
いましかいらない。
本気で。
「みなさんには、これからたくさんの可能性が待っているわけで」
いつだったか。校長先生がそんなことを言っていた。俺は校長さんにウラミもケンオもありませんから、先生の話を聞くともなしに聞いてたんだけど。
その一言にめまいがした。
(たくさんの可能性)
確かに、正しいことを言っているんだと、思った。歴史の教科書みたいに、事実を。俺はそれを悪いことだと思わないし、当たり前の事実を当たり前に受けとめられない、ひねくれた悩める季節(反抗期とか思春期とか)はもうとっくに通り過ぎたはずで、
だから、憤りを覚えるはずもなかったんだけど。
(そんなもの)
いらないと。
はっきり、心が叫んだ。
(たったひとつの――)
可能性があればいい。
ひとつでいい。
(それも、これからじゃあ駄目なんだ)
これからじゃ、腐ってしまう。
未来じゃ駄目なんだ。
今だ。今しかないんだ。今、この一瞬に、たったひとつの絶対的な可能性が。
俺は駄目になるかもしれないと思った。
激情が太陽だとしたら、それによって作られる影。ひんやりした氷の否定。
俺は駄目になるかもしれない。
だめになるかもしれない。
3
そして俺は、見事無事に灰色の受験シーズンに突入した。
後輩に凄い奴がいる。
最上っつって、名前がオンナみたいだから名前で呼ぶと怒る奴なんだけど、あいつは凄い。なにがって、書く物がさ。俺も最上も、文芸部員だ。
文芸部に入ってます、て言うとたいていの人は「はっ?」って言う。
だから、ようは小説やら詩やらを書いて本にしてる、ネクラでオタクな部活ですよ。マン研ほどじゃあないけどねと、偏見しかない説明をしてやる。マン研には悪いが。
で、俺たちはそんな文芸部でほそぼそ活動をしていたわけで。こういう部って、先輩後輩あったモンじゃないのよ。実力主義社会だからね。俺も入部したての頃、当時の先輩にがしがし批評しまくったけど、最上も似たようなものだった。タメ語だったぶん、俺よりひどいか。
「やっぱり、『夕珠穏』は世に出るべきだよ」
俺はかなり本気で、最上にそう言った。
最上は、夕珠穏と名乗っている。ちなみにゆうしゅおんと読む。
「いや、そのつもりなんだけど。でも順当に言ったら、俺よりもあさやん先輩の方が先に世に出るんじゃない?」
「たかが二年の差なんて、あってないようなものだよ」
「いや、でも少なくとも俺は、あと二年は学校生活に縛られるわけだから」
「あのな。俺、もうすぐ大学生になるのヨ?」
すると最上はめずらしくひどく驚いた。
「えっ、大学行くわけ? 俺はてっきり、プータローやりながら投稿に励む毎日だと思ってた」
「そりゃ、お前だろ」
「俺? 俺は大学行くよ」
あれ、と思った。
「決定?」
言いながら、いつものように笑えてるだろうかと思った。
「もちろん。留年するつもりもないし」
ああ、だめになっていく。
「お前はやっぱ、すげえな」
「は? 何が?」
「俺は、お前ぐらいの頃、何も考えてなかったよ。無知で世間知らずで、ドリーマーだった」
「ドリーマー?」
くすくす最上が笑った。
そうだな、イマドキ、ドリーマーはないな。
「ともかくな、お前みたいに考えて生きてたわけじゃねえから、お前が余計凄く見える」
「俺から見れば先輩も凄いと思うけど」
「でもお前は書くだろう?」
駄目なんだよ。
「……先輩?」
俺は駄目になっていくんだよ。
「俺は、もう書けない。あの頃みたいに、夢を見てなんていられない。もう、流されることしかできないんだ」
毎日毎日、腐っていくんだ。
景色が。ありとあらゆるものが。
真っ直ぐな日差しすら、ゆがんで見えそうで怖いんだ。
「先輩……」
4
昇降口に向かいながら、手袋を外し手と一緒にジャンバーのポケットに突っ込む。雪が降るらしいと言っていた母親を、何故か思い出した。
空はどんより曇っていた。
俺は今、十七回目の冬を迎えてる。この冬を越えたら、俺は十八回目の春を迎えるだろう。
とくにどうしても入りたい大学なんてなかったし、いい大学に入れって脅すような親のもとに生まれなかったので、俺は他の奴らなんかよりずっと早く、私立大学の推薦を決めた。くりに言わせれば(今年度も担任だったわけだ)もっと上を狙えると言われたのだが、興味がありませんの一言で終わらせた。終わらせてくれたくりに感謝だ。太っ腹。
もうすぐ、学校にも来なくなる。
そしてるうちに春が来て、俺はひとり大学生になるだろう。
そして、どんどん駄目になっていくのだろう。
俺は大学に受かってひとつだけ心に誓った。
(もう二度と、詩人は名乗らない)
それが、せめてもの後輩たちへのたむけだった。
5
最近かなり重くなった、家のドアを開ける。昨日降っていた雪は、明け方にはやんだそうだ。道路が凍っているので、十分注意してください。気象予報士がそう言っていた。
俺の愛車『流れ星一番野郎☆(三番煎じ)』(二番煎じはチェーンがいかれて泣く泣く廃車)も雪に埋もれてることだろう。しかたないので歩く覚悟をして、俺は顔を上げる。
(あ)
眩しい日差しに目を細めた。
いつの日か、こんな風な朝があったと、気づいた。
(ああそうか。関係ないのか)
いくら俺が、腐っていこうが、駄目になろうが、世界は変わらず予想以上に明るいのか。
(そうか……)
少しだけ、日差しから逃げるように顔を伏せ、俺は笑った。
いつの日かの、くりのように。
笑って。
――ちゃっちゃら〜♪
ジーンズのポケットに突っ込んでた携帯が鳴る。
(最上?)
後輩からのメールに俺は少し眉をひそめる。
『先輩へ。
今年度最後の部誌ができました。少し早いですが、卒業祝いもかねてもらっていくように。部室にあります。』
今年度最後の。
俺が手にする最後の。
『追伸。』
その先を読んで、俺は思わず声を出して笑った。
『追伸。
昔話は、よぼよぼのジジイになってから、どっかそこら辺の俺じゃない人に愚痴って下さい。文芸部は現役大学生吉田一樹の作品をお待ちしてます。来年度一発目の部誌は四月中旬発行予定。よろしく。』
そんな、凄い後輩からの笑えるメールのおかげかそうじゃないのか。俺、吉田一樹の目は、『流れ星一番野郎☆(三番煎じ)』に辿り着く前に、冬の真っ直ぐな日差しに慣れていた。